栗駒の湯 3

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釣堀の広場には、好天に誘われて大勢の観光客が集まっている。
食堂前に並んだ七輪からイワナを焼く芳香が売店のほうまで漂って空腹を抱えた人間は見えない網にからめ取られた。
そこに恰幅のよい男性がいて、トレードマークのバンダナを締め、いま採れたばかりの一抱えもある『舞たけ』を押さえて従業員にあれこれ指図をしている人がAK氏であった。
カリスマ店主を中心に、その周囲は踊りを舞っているようだ。
直径50センチの大舞茸が売店に陳列されたとき、三万九千円の値札を見た観光客から賞賛のため息がもれた。
「これを買ったら、当分おかずは舞茸だけだな」
どこかのオヤジさんが家族につぶやいたのが聞えた。
採れたての瑞々しい色つやに寄って匂いを吸うと、天然ものは隣に並んだ人工栽培のカゴのものと違って芳香が深く、リンゴの匂いや、コケや枯葉の香りがする。
バンゲルダー刻印のブルーノートであった。
AK氏は忙しい店の落ち着くのを見計らって、駐車場を挟んだ上の屋敷に我々を案内してくださった。
陽射しの明るい空き地の鶏小屋に、志津川のSS氏のところで拝見したことのある鳥骨鶏(うこっけい)が五羽、おっとりと休んでいた。
番犬のポチは、横になったまま尻尾を一回振っただけでつれない。
巨大な大黒柱のある玄関を右手に過ぎて、人の立ち入らない一角に本格的な養魚池が何面も連なっていた。大量のイワナや鱒が水面を飛び跳ねて勢いよく回遊しているが、これは永年の研究をかさねた企業秘密、薬品を使用しない天然の湧水による養魚池というものであるそうな。
敷地の奥に登ると、木立に隠れた茂みの先をAK氏はどうぞと指し示した。
秘書と入れ替わって覗いたそこに、大名屋敷の庭園の借景で見るような、奥まった谷と一筋の小川がひっそりと陽に輝いていた。
釣り堀や売店の喧噪もここまで届いてはこない。
そのとき上空に大きな影が走って、何事かと天を仰ぐと、鼠色の大サギが音もなく木立の上を滑空して、池の天然魚を好むのはどうやら人間だけではないようだ。
食堂に戻って、その天然魚とキノコの天ぷらが五品もあしらわれた料理で秋の味覚を楽しんだ。