東風

「7万円追加で、新車にガラスコーティング出来ますが?」 ―― それも、お願いします。 プレィリーを購入したのは、1997年の1月11日である。 納車のあった夕刻、家族と青葉町から蘭梅町の児童公園まで、 走り初めのお慶び気分、軽薄にも思われるが。 当時カーオーディオはカセットテ-プで、 マニタス・デ・プラタ演奏団の唸…
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こぶし咲く

「その先三百メールを左です」 春は、異動のシーズンでもあるが、 カーナビは、♀の声でガイドする。 若山弦蔵や、アランドロンの声ではどうかな。 ビルの一階に恰幅のよい守衛さんがおり、 ガスサービスマンが、てきぱきと業務をこなす。 久しぶりにコカ○ーラを呑んだら、おいしかった。 庭にこぶしや椿が咲いて、 いずれにして…
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ホールの音

例年、春がそこまで来ると、町に強風が吹く。 風に乗って、山形の客人が登場された。 「ロイスに行くぞ」 朝、ご主人の言葉を聞いて、奥方は思った。 チョコレート買いに? 「主人は部屋にスピーカーをいっぱい蒐めています」 奥方は、サイド演奏の名手でスッと主題にからんでくる。 ―― どのようなスピーカーでしょう? 「さー…
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3月は、静かに過ぎる

プラターズは唄っている。 You’ll never, never know I care You’ll never know the torch I bear 意味を知らずに、うっとり聴いている。 通勤電車の、ゴーッという騒音も、 気にしたことは無いし、 レコードの、たまにブチッという音も、 気にならぬ。 ニュー…
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海の客人

青森三内丸山遺跡から、体長1メートルマダイの骨が出た。 縄文人は一本釣りした鯛も、食べていたという。 フライパンで炒めた飯を昼食しながら、縄文の鯛に思いを馳せた。 そのとき、クラウン氏が金縁メガネの客人と入ってきた。 むかし知人に誘われ代々木の合気道場を見学したとき、 迎えてくれた師範代と似ている。 二人は、高級洋酒…
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パトリシアン800

経済学者は、皆、コガネムシを飼って、 御医者は、そろって健康長寿なのであろうか。 10年前頃、YuoTuveでBalkon street の演奏を、 感心して見ていた。 雰囲気が、東パラゴン氏にそっくりだったのである。 夕刻、街路に流線型のゲレンデバーゲンが停まって、 8年ぶりにご当人が、登場された。 ―― オーデ…
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旭川のK氏

旭川のK氏は、 ウエスギ・アンプにて、15インチタンノイを鳴らし、 モーツァルトや、マーラーをこよなく楽しんで居られる。 大抵の事に動じない年代になられて、 このたび、奥方のお許しを得ると、 旭川ナンバーの車を駆って気儘な一人旅に出た。 各地の音の歌枕をめぐり、遠く京の都まで足跡を残された。 「川向こうを昨日訪問し…
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マイバッハ

以前、メルセデス・マイバッハを操縦し登場された客人は、 音楽もバッハが好きであった。 さて、 「こんにちは、お久しぶりです」 と登場した客人は、 遠洋航海で蒐めた各種の逸品を、 津波で失ったにもかかわらず、 いつも明るい。 外を見ると、マイバッハに似た白いクラウンを、停めている。 「たいしたことはありません。四…
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『胆沢城の漏刻』

ハッとして枕元の目覚し時計を見ると、 2秒後に、ジリジリン~ と鳴り出す。 体内時計が勝った、なさけなさ。 渋谷のハチ公前に、何時間も待つのは誰かな。 お寺の梵鐘も時を知らせているが、 機械時計の無かった古代のはじめ、 時の政権は大金をあがなって 唐から技師と天体観測機と水時計を輸入した。 日本書紀671年6月7…
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ポル・バジン遺跡

日本が遣唐使を派遣し、奈良に導入した唐風の都市計画であるが、 古代ウイグル帝国の要塞だといわれているポル・バジン遺跡の 写真を初めて知る。 発掘された瓦から思うに、湖の島に残る700年頃の遺跡は、 当方には、クリソツに見える。 どこと? 胆沢城、覚鼈城、桃生城、徳丹城、伊治城などと、時代的にも。 きょうは、町火消し…
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石越金鶏山

大門・金堂など近くまでありしかど、正和のころ南門はふけぬ 金堂は、その後倒臥したるままにて、取り立つるわざもなし 無量寿院ばかりぞ、その形とて残りたる 丈六の仏九体 いと尊くて並びおはし 行成大納言の額、兼行が書ける扉、鮮やかに見ゆるぞあはれなる 法華堂などもいまだ侍るめり 鎌倉時代の官人兼好氏は、すべて本当のことを…
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石越の田園風景

コンビニまで用を足して戻ると、 留守電のランプが点滅している。 石越蔵氏の声で「きょうは居られますか?」 以前、お願いしていた貴重な写真を撮ってきてくださった。 当方の知合いは、みな撮影が正統派で頼もしく感心する。 4枚の第一は、氏の住居のさらに丘の上からの眺めで、 一般人はそこを知らず、 芭蕉もただ、下の道を急い…
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冬の花

サンタクロースの正体が、わかったのは、 五歳上の兄とタダコさんの相談を、 隣りの座敷で漏れ聞いたときだ。 兄は自転車に乗ってそっと出かけていき、 翌朝、枕元にブツがあったので、 なんだよ、そうかと思った小学生である。 いつクリスマスプレゼントが止まったか、自然消滅していたが、 姉のヒデコさんの造るケーキとカレーライ…
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鎮守府胆沢城特別展へ

「発掘された漆紙文書は、この地で書かれたものですか」 「それが他所から持ってきたのか、はっきりしませんね」 特別展の陳列ブースで気分に浸っているとき、 離れたところで、誰かの会話がジャズのように聞こえている。 水沢佐倉河にある埋蔵調査館は、いま25周年といわれるが、 初めて中に入ると、古代胆沢城地中の外郭南門を模してい…
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平泉への道

熊狩りのシーズンである。 15年前にKG氏からいただいた鹿革のコート。 ジャンギャバン調で、この色なら熊に間違えられることもない。 珈琲豆が底を突き、ついでに 「平泉への道」を連載した胆江新聞に寄った。 著者は文章がお上手で、単行本が出ていたはず。 昼食時に乗込むと、聡明な記者風の♀が、 熊かどうかを確認し、てきぱ…
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『海底二万マイルのRX-7』

南極越冬隊が、まもなく出発する。 西堀探検隊が1957年、オングル島に上陸したとき、当方は小学生である。 大戦中西堀氏は、東芝の真空管製造技術部長を勤めて、 「新橋の芸者をラインに集めても製造可能」とされた究極の管球を開発した。 目前で講演を聞いたときの越冬隊長は、こんなことを話している。 「南極では、モノが無く、日々の難…
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銀貨

昭和32年に世に現れた百円銀貨は、 現在の白銅硬貨とちがい高価な純銀製である。 鋳潰すと2千円になると聞いて、 引き出しを探したら3個見つかった。 ムフ これで6千円?  釜石の伯父が、あのころ就職されて、 中里町へ久しぶりに挨拶に見えると、 貴重な新銀貨を指でつまんで配ってくださった。 子供のご馳走は、バナナと…
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霜月

子供の時は、各種の実験をする。 太陽をしばらく直視したり、 息を止めてみたり、 最長2分半だが、ずうっと止めてはまずいわけだ。 タダコさんが或る時、陽のあたる縁側で 「髪を刈るからホウロウ洗面器を持ってきて」 と言ったので、マズイ、と思った。 小学に上がる前は、ヒマで、 器にオシッコを貯めて、或る実験をやっていたが、…
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イエ、イエ?

エネルギーはスピードの二乗に比例する、 という。 神妙な学生が二人登場して、ジャズを聴く。 彼等はこのスピードであと2年すると、社会人になる。 サイフのエネルギーは、現在の2乗どころではない。 そこにまもなく、 御婦人が二人、登場された。 昨年末も来ましたが、入店を断られました、 と話す。 なるほど、 当方は…
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大阪から来た客

イエ、イエ ♪ イエ、イエ ♪ 白黒テレビ画面に、ポップなコマーシャルが流れていた、 ケネデイが大統領になったころである。 何がイエ、イエなのか教えて貰いたいが、 当方はプラモデルを造るのに、あのころ忙しかった。 それから東京に出て、なんとなくイエ、イエがわかった。 そのとき、大阪からお見えになった客人は、 南海…
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クストーの船

ジャック・クストー中佐がフランス海軍を退役したとき、 彼の仕事のために船を1フランで貸す金持ちが現れた。 英海軍の放出した掃海艇を改造し、調査船カリプソ号にして、 自前の海洋チームを持った。 機雷除去で爆発しないように、50メートルの船体は完全に木造なっていて、 ヘリコプターデッキや、海底観測室、潜水艇や、水中スクータ…
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ラジオ

生まれた家の居間に、囲炉裏が有って 蠅帳台の上に真空管ラジオが有った。 つまみの先の円いダイヤルの針を回転させ 選局するとき、ビーとか、キューとか 空中を飛び交う電波を捕まえている音がする。 あれには、別世界を想像させる何かがあり 音質には妙な味があった。 秋の夜長にラジオも良い。 というわけで、ラジオの戦艦大和。
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2019 秋

芭蕉も、義経も、道長も、散策コースがある。 遠乗りとか、麻布コースとか。 不思議に思うのは、おなじ道でも 行きと帰り、左回りと右回り 景色の違う道に感じるのは、冗談ではなく、なぜか。 里山の峠の先にみつけた、蕗の薹の群生場所で、 須川岳が一瞬のぞく美しいスポットがあり、 夏は植物が茂って見えないから、あっさり通過す…
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すべての道はローマへ通じている?

一関を郊外に向かうとき、道はローマに通じているというのか エヴァンスのヨーロッパ・ツアーを思い出す。 65年のフランスと72年のイタリア録音が発掘されてマニアを湧かせた、 ラジオ放送的遠いマイクが遠来の客人を思わせて歓迎される。 午後に、指の先の器用な客人のお話を伺っていると、 埼玉でしばらくお札を数える仕事をされて、…
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静寂

ボーヴォワールが、ル ドゥズィエム セークスを1949年に刊行するが、 その2年前、1947年1月21日から5月17日まで渡米し全土を散策している。 彼女はこの時の旅行記を230ページに著していて、 当方が生まれた3月11日は、ラスベガスにおったな。 先日、ロイスに日本人のご主人と登場されたフランス女性は、 つつしみ深…
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石越のY氏

トレネの唄う『ラ・メール』は、高校生の時、 風邪の熱で床に臥している妹に共同購入を持ちかけた曰くのレコードで、 このまえ弟の葬儀で会った時に、お詫びの気持ちで、ロートシルトを贈呈した。 グラスに注いだ液体に舞い上がる澱がひどくて、ガーゼで漉して呑んだと! オー・マイゴット。 沈殿を待つのに半年放置する無窮の逸品である。…
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その後の弁論大会優勝者

県議選の街宣車が通るなか、めずらしく「弁論大会優勝者」 カウンターに来て、良い焼酎を買いたいと言っている。 話を聞き終えてみると、前回とほとんど内容に重複の無いところが、 85歳にして、すばらしい。 ご商売の工夫は、建築のコスト仕上がりを差別化するための努力で、 要所に使う秋田杉、青森ヒバを、現地まで車を出して買付けし…
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犬とニワトリ

はたちのころ、 夜勤明けで、日曜の朝に四畳半一間の部屋に帰る。 このときが、休日のはじまりでほっと嬉しい。 雨戸を空けると小さなグラウンドが開放的な借景で 日光が差し込む地面を、ニワトリが散歩している。 深夜に無人録音しておいたFMミュージックを流していると、 米国ポップチャート1番の「Stand by Your M…
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名生館官衙遺跡へ

律令政府が7世紀に進出を始めて、仙台太白区に大規模な郡役所街をつくり、 つぎに進出をはたしたのが、大崎市の名生館官衙遺跡とみられている。 方形の囲いのなかに品の字に配置された建築群が発掘されると、 瓦の模様は多賀城柵の1期の瓦とそっくりであった。 当方も、最初期の多賀城は、ここではないかとの考えに賛成する。 そのとき、郵便…
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鈴振り橋の先

夏の盛り、 本郷五串線に左折して、 鈴振り橋をわたると、 すぐまた左の、サイクリング道路のような 細道を、いつか通って見たいと考えていた。 プレイリーでは無理だが、アルトなら行けそうである。 対向車が現れたら、どちらかが3キロほど バックするか、崖下に下がるか。 『Cookin'』 マイルスがはじめて吹き込んだ…
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旅の音

牛や馬や象に乗った人類も、 やがて、車に乗るようになった昨今である。 新車の気分、1年も乗るとあたりまえになり、 当初は、ハンドルを握る手は汗ばんで、 真剣な、感慨がやがて薄れるのはまずい。 花泉から牛飼い人が登場した。 タンノイを鳴らして唯我独尊、 廊下の戸を開け大音量にし、牧場の丘に昇ってタンノイを聴く。 先…
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鳥海柵跡へふたたび

3度かよって、いまだに謎の鳥海の柵であるが、 金ケ崎要害歴史館でシンポジウムの冊子をいただいて、 およその現況を勉強した。 城柵の規模が一番大きかったのは、平安中期の安倍の十二柵、 といわれる1050年ころ、鳥海三郎宗任が柵主で、 源義家軍に一関の柵、衣川の柵と破られて、ついには都へ連行されている。 対岸の胆沢城柵は…
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文月の散歩

田尻H氏とワンダフルハウス氏が、揃って登場されたのは10年ぶりである。 団塊の世代に近いものには、世を憚る福があり、 もはや、オーディオがどうのという煩悩もふんふん。 絶対賢者の域に到達されたのではないか。 さっそく、当方のタンノイをグイと鳴らした。 「あー、なんだこの音は」 同じレクタンギュラー・タンノイを、迫町新…
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高田のウイスキー氏

リアス海岸の高田市から来るウイスキー氏も、不思議な人物である。 若い頃の開高健に似ているが、真面目なのかトボケているのか、 一部に判別できないところが有るが、お客である。 彼は地震のさなか、親方の頼みで車両を丘の上に揚げていて難を逃れた。 「自分たちは忘れようが無いので、本当は正面から体験を他人と話したい」 身内を探し…

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豪雨の翌日の客

ドライブに、プレィリーかアルトか? 三百年前のベンサム氏なら、低燃費と小回りで 選択の余地はなかった。 雨期の河崎の大橋から綿桜橋にかけて、 北上川の東岸は、まだ未踏の20キロが残っていた。 車両1台分の細い道は、うららかに伸び、 芭蕉が曽良と辿った奥の細道を彷彿とさせている。 ところどころ、待避ポケットがあり、対…

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黒沢尻の柵へ

千年前の地方豪族が、領土に押し寄せる平安朝廷に対抗して、 水運ルート北上川に沿って12の城柵を造った。 現地に観察に行くことのシリーズである。 今回は、黒沢尻の柵を訪ねるので、車はうさぎのはるちゃんの所有。 早めに昼食を済ませ、いざ出立のそのとき、アメリカでは、 これから行く黒沢尻区付近出身の「オータニサン」が まさ…

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ツィゴイネルワイゼン

先日、二重橋の映像を見ていたら、 サラサーテのツィゴイネルワイゼンを、 マイルスがやっている想像が重なった。 チャールダッシュは、ピアノとベースとドラムスが展開する。 サラサーテは、サンサーンスや、ラロや、ブルッフと 厚誼が有ったというのは、美意識が共通していたのであろう。 5年ぶりにお見えになったボロディン氏は、釜…

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八戸市へ

伊達藩から、ハガキをいただいていたので、 平成と令和の時空の境界に掲示した。 平成改元を記念して、 八戸市のジャズ喫茶、車門のあった街に行った。 車門のご主人は、ロイスが1999年に開業したさい、 お世話になったひとりの客人で、印象に残る御仁である。 一関から八戸市に行くには、無数のルートが有るが、 ウサギのハルち…

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狐禅寺川岸を行く

雪が解け、今泉街道の山目宿から柵の瀬橋を渡り、 覚鼈城柵蹟に行ってみた。 古代の北上川沿いの街道で、薄衣―舞川線という道がある。 狐禅寺川岸の周囲は、北上川随一の狭窄地形といわれ、 河の両側を山に挟まれたババリアのライン下りのような風景が、楽しい。 川面が大蛇のようにうねって、非常にゆっくり流れるところを見ながら、 …

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角塚古墳へ

分類学taxonomyにおいて、過去は記憶、未来は夢である。 角塚古墳に、過去へ千五百年の時空を遡って胆沢扇状地を訪問した。 秋田県横手市から青い山脈を越え、岩手県大船渡市に通る有名な古道 の途中にあり、塩や産品の物流街道であった。 現地を訪れると、競馬場や天文台や名跡が点在して、 角塚古墳の本当の名前も埋葬者のことも…

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あずま街道の元旦

正月の朝食後、 外車を借り受けて、奥大道から、北上川を渡り、 今泉街道を通って、あずま街道を走った。 あずま街道は、千年前の道である。 駐車場もやっとのこと、参詣者にまじって 黒衣の僧達が、雪道をスタスタ歩いている。 元朝参りの気分はどこの場所も寒さに身が凍るが、 きょうの場所は不思議に穏やかである。 凍った道に…

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まんじゅうこわい

庭の外車が、あすタイヤ交換を終えて戻っていく。 自分にはプレイリーが、感覚に合っているが、 ヨシ。 50キロ以上を出さない決まりも、この天気ならアスフアルトが呼んでいる。 テストコースは幾つか有るが、1分も踏み込んで試せば、本来の性能がわかる。 往路に様子を見て、帰路に前後左右、異物一つ無く、遠くの峰が爽やかだ。 あ…

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狐禅寺街道を行く

むかしむかし、秀衡公の時代に、平泉村塩沢と申す所に人を騙す狐が居て、 北上川の細谷に架かる橋にばけては、人を落として喜んでいたとな。 「ええっ、それはいけませんね」 侍は、弓に矢をつがえて、或る日とうとう射止めてしまった。 川下に、磐井川が北上川にそそぐ河口があって、 狐の遺骸が岸に流れ着いて葬られたが、なんてこった。…

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安倍の新道をゆく

道々、話しながら行きましょう。 軍道や、塩の道は通ったが、林道は車が入らない。 一関から骨寺遺跡に向かうとき無数の枝道が有って、 前から目をつけていたのは、林道に工事作業車が頻繁に入ったところである。 その先に、何が有ってどこに繋がっているか? タイミングを計っていたら2年ほど経過した。 穏やかな気候に、車を鼻向けし…

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宮ノ口判官堂

百人ほど恩師を記憶しているが、 三陸山田町にも、ついの栖を構えた御仁が居た。 当方が高校一年の時、赴任してこられ教師は『山男』で、 眉の濃い、いかつい顔に、新任のゆえか頬に赤みをさしながら、 人文地理の教科書を教卓に置いたまま、選挙の演説のように体験を話している。 高音部のトーンが、アルテック・スピーカーのフルボリュー…

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山田町へ

チェカリンスキイは顫える手に札を配った。右手には『女王』が、左手には『一』が出た。 「『一』が やった!」とゲルマンは言って、持ち札を起こした。 「いや、『女王』の負けと存じますが」とチェカリンスキイが優しく言い直した。 トランプカードをシャッフルした後、片手でカットして見せると、 オートバイの好きな20年ぶりの客人…

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磐井清水へ

藤原秀衡が、正月の霊験行事として飲水した、 磐井清水若水というものを、探索に行った。 簡単に言うと、砂鉄川下流の崖地から流れ落ちる宮水を、 元旦早朝に、里人が20キロをものともせず柳御所まで運ぶ行事である。 列を組んで桶に担ぎ、二つの峠を越えて運んでいる。 後年、徳川将軍が富士山の氷を江戸まで運ばせ賞味した伝説も有るが…

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大麻生野柵へ

河崎柵、小松柵、石坂柵、業近柵、鳥海柵、瀬原柵を見て、 今回は『大麻生野柵』に向かった。 しばらく道を分け入ると、遠くの田園とリンゴ畑に、なにやら壕のようなものがある。 土地の人に話を聞いて、部族のDNAがフラッシュするところを見たい。 「ほほう、安倍の十二柵ねェ、わたし昭和になってから住んでいますのでね。ふーん」 付…

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瀬原の柵へ

50年ぶりに、目薬というものを母屋で使って、 二階から目薬とはこれかと思った。 秋の瀬原の柵に行くと、 黄色い車の御仁がドアを半分閉めて首から携帯を提げながら、 「あのへん一帯が、我々が「せわら」とよんでいるところで、 赤い柱の建物に、田村麻呂の顕彰碑があったかと思いますが、 なにぶん、人の興味はさまざまで・・・」 …

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見切りの松

今回の台風は大きい、と聞いて母家の見越しの松を、 2メートルほど切った。 ウサギはそれをじっと見ていたが、もはやこれで、見切りの松になった。 そこに、伊達藩一番丁から、秋の絵はがきが届いた。 しばらくして、関が丘の哲人がやってくると、 鍾馗のプラモを当方に見せながら、 関が丘を引き払ったことを教えてくださって、新しい…

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