Five Spot After Dark

画像

1974年10月9日は、ローマを離れエールフランス133便でパリに着いた。
この年はニクソン大統領が辞任し、長島茂雄さんが引退した年であるが、
当時流行のトレンチコートでドゴール空港に降り立った記憶がある。
入管員は何が不満なのか、何度もパスポート写真とこちらを厳しい表情で見比べている。
若輩とはいえ負けずに見返すと、ニヤッと笑ってパスポートを返してくれた。
12人ほどの団体でゲートの外に出ると、笑顔の日本人男女がサッと寄ってきて
「ご苦労様です、添乗員のかたですね」と言ったのは、人違いである。

喫茶の客は、ご自宅のJBLでジャズを聴いて、もう一方の方はオートグラフ・ミニを楽しまれている。
タンノイを聴き「とても良い」と申されて、鳴っているR・ヨークをロイヤルと聴き違い、感じ入っておられるのがすばらしい。
JBLの御仁は、各地の港で輸送品の受払いに永年携わってこられたが、現在はH・リタイアし悠々自適となられ、しばらく姿が見えなかったわけである。
---ところで車が変わりましたか。
「16台乗り潰しました」
ジャズを聴きながら、県と町々の港を縫って
春と夏と秋と冬の景色を爆走したのであった。
この客人の夕暮れに『Five Spot After Dark』が良いかな。